モビゾウ研究室

ツイッター(@Movizoo)で語りきれなかったこと

体操教室なんて行かせるつもりはなかった

息子、3歳6カ月、初めての習い事をスタートさせました。体操教室とトランポリン教室です。どれだけ運動能力向上に熱心な親だと思われることでしょうか。いえ、全然違います。正直、息子の特性が分かるまでは、私は体操やトランポリンなど、頭の隅にもかすりませんでした。当時のイタイ思考を暴露してしまえば、「まずは楽器よね。ピアノにしようかしら、バイオリンにしようかしら。男の子が楽器弾いている姿って素敵♪」「お勉強系は早めに伸ばしておいてほうがいいわよね、公文式か七田式かな」なんて考えていました。こうして書いていてもキモいですが、上の娘はこのキモい感じの流れで何の問題もなくきてしまいました。幼稚園も、最初は「バイオリン必修の幼稚園」とか「フラッシュカードで九九と漢字を覚えさせてしまう幼稚園」とか、「やはり子供は天才よ、ウフフ」な感じで探していました。

 

人生は往々にして予想とは大きく違う方向に動き出すものです。

 

前回の私のブログを読んだ方から、「発達障害児って結局のところどんな子供なんだ?」という質問ツイートがきていました。これ、実は簡単に答えられる問題ではありません。ある程度共通した特徴があるとはいえ、出方は子供によって全く違うものだからです。ただ大体の発達障害児の持っている特徴として大きなものは、「不器用さ」と「運動の苦手さ」にあるのではないかなと。

 

私が息子の発達障害を疑い始めたのは、癇癪や不可思議なコミュニケーションといったものよりもむしろ、歩いても数歩で転んだり、身体がぐにゃぐにゃしていて真っ直ぐ立ったり座ったりすることが難しいこと、ジャンプがいつまでたってもできないことなど、運動能力の遅れによるところが大きかったです。

 

私は実は、「小さい頃に運動なんか一生懸命させてもねえ」という結構偏った考え方を持っていました。「運動なんか生まれつきのもの」とずっと思っていたのですよね。あと、「やる気になったときに自分でやるものであって、親が押し付けるものでもない」とか。私の親も同じような考えだったので、私は体を動かすような遊びは小さい頃からほとんどせず、部屋に閉じこもって一人で物語を作っていたような記憶があります。

 

ところが、

 

息子が日常生活のなかで感じているであろう様々な困難に対する解決法を、そのときそのときウンウン頭回転させて調べていると、必ず同じ言葉に行きあたることが分かったのです。

 

感覚統合療法

「感覚統合」のお話【前編】~子どもの「困った!」ホントの理由

 

それは「感覚統合」という言葉です。これ、別に発達障害児に限った話ではありません。手や指や足や耳や目で感じた刺激を、脳で整理(統合)して、それを「感じる」ことを言います。そもそも子供はこの感覚統合の能力が発展途上にあるわけですが、発達障害児はこの感覚統合の発達が、ふつうの子供より遅れています。

 

息子は、「カサカサ」と音がなるジャンパーを着せようとすると癇癪を起していた時期がありました。私には理解できませんでしたが、恐らく彼はその「カサカサ」という感覚が、うまく交通整理されずに脳に届いてしまい、異様な感覚を想起させるものに感じられたのかもしれません。もしかすると、沢山のゴキブリや羽虫が上半身を這うような感覚だったのかもしれません。泥遊びも苦手でした。泥のぬめぬめべたべたとした感覚が指に伝わったとき、それを適切な形で脳に伝えられなかったのでしょう。スライムがまとわりつくような気持ち悪さがあったのかもしれません。二歳児の間は、つま先歩きもよくしていました。足の裏に伝わってくる地面の感覚が、それはそれは恐ろしかったんだと思います。きっと、感覚が統合されていない発達障害児の世界って、とても過酷なものなんだと思います。

 

我が家の感覚統合遊び: 3 TREE HOUSE

 

この方のブログが分かりやすいのですが、発達障害児にはとにかく揺れたり、回したり、あるいは小さなモノを指先でいじらせたり、という「感覚統合の遊び」を行うことがとても効果的です。前頭葉部分を鍛えなければ、いつも体がフラフラユラユラとしていて、それゆえに多動がおさまりません。我が家も家庭用トランポリンを購入し、大量のボタンを指でつまんで遊ばせたりして、少しずつ療育を行っています。結果、息子はこの一か月、多動がおさまり、ほとんど癇癪を起こしていません。同時に、言葉も増えました。

 

今だから言いますが、「子供の頃は泥まみれになって、大自然のなかで遊べ」とか、「体操で体のバランスを!」とか言うのを、私はずっとバカにしていたんですよね。「そんなものは生まれつきだ」と。

 

でもやはり、体の能力と心の成長や勉強って、繋がっているんですよ。そして小さい頃にしかできないことってあります。これは発達障害児に限ったことではないと思います。

 

A sound mind in a sound body

(健全な身体に健全な精神が宿る)

 

楽器を弾く素敵な男の子や幼稚園で九九を全部言えるような賢い男の子を夢見ていたこともありましたが、でんぐりがえしを一生懸命やりながら大笑いする息子のほうが、今は好きかもしれないな。